読み聞かせから子どもがひとりで本を読めるまで
「子どもが英語を読むプロセス」
2021年7月28日に「別冊『子ども英語ブッククラブ』」が発売されました。その中から、「子どもが英語を読むプロセス」を抜粋します。
こちらの記事は、子どもが第二言語として英語の読み書き能力を身につけるには、なにをどのように育てていけばよいのかについて語られた記事です。
世界中で広がる早期外国語教育の波
今世紀に入り、世界中で外国語教育、特に英語教育の低年齢化が顕著になり、Teaching English to Young Learners(TEYL)という分野が定着してきたように思えます。現在TEYLが実施されている国々では、最終的によい効果が出ているのか、つまり英語(外国語)が使える人材が輩出されるようになったかという効果を問う声も出始めています。残念ながら早く始めたからといって学習効果が上がるわけではないという報告もあります(※1)。効果が十分に上がらない原因としては初等教育と中等教育との接続が不十分であること、そして質の高い指導者の確保の難しさが挙げられています(※2)。
日本では2020年より公立小学校の高学年に外国語(英語)が教科として導入されたばかりで、その成果を問う前に、どのように教材を使って授業を行い、またどのようにその評価をすればよいのかということが大きな問題になっています。小学校から高校までの一貫した英語教育を実現すべく、2021年度から中学校では新しい教科書が使われはじめ、2倍近くに増えた単語数で書かれた教科書に指導の難しさを感じている教師が多いと聞いています。
「音」に土台を置いて
そのような中、私は英語のリタラシー(読み書き能力)を育てる重要性を感じています。日本人は英語の話されていない外国語環境で英語を学習しています。だからこそ、音に土台を置いた適切なリタラシー指導を行うことが重要です。今までのように訳読中心のリタラシー指導ではなく、音を大切に、またそれに土台を置いたリタラシー指導です。
子どもに限らず、英語のリタラシーを獲得するときの問題は、「書き言葉」の土台となる「話し言葉」が十分に発達していないことです。私たちがリーディング能力を獲得する上で最も重要なことは、意味のある文脈の中で音声指導を十分に受け、それを通して英語の音への気づきを培い、それをリタラシー学習に統合していくことです。ここでは日本人の幼児・児童を対象にしたリタラシー指導について大切な点をまとめてみたいと思います。
英語圏の子どもたちのリーディング能力の発達
リーディングには、テキストから情報を一つひとつ取り出し、それを合わせて理解していくプロセス(ボトムアップ)と自分が既に持っている知識や経験を使い、意味を理解し、また構築するプロセス(トップダウン)があります。英語圏のリーディング指導をみると、ボトムアップ・アプローチの代表的なものとしてフォニックス、またトップダウン・アプローチの代表的なものとしてホールランゲージ・アプローチがあります。
ボトムアップ・アプローチの中でも、フォネミックアウェアネスとフォニックスの重要性が指摘されています(※3)。英語圏ではフォニックス指導と、ホールランゲージ指導、その両者をうまく統合させて授業は進んでいます。音声言語を伸ばしつつ、初期段階ではフォニックス的な音と文字のルールを教え(ボトムアップ・アプローチ)、子どもがある程度単語が読めるようになるとすぐに「本物の(Authentic)」本を読み、内容の理解を促す活動(トップダウン・アプローチ)に進むことがよいとされています。
ホールランゲージ・アプローチでは、意味は「部分」ではなく「全体の中」にあると考えます。より自然な形で、意味のある文脈の中で英語(外国語)に触れる機会を増やし、文脈から読む力を習得していくアプローチです。
日本の子どもたちへのリーディング指導
英語圏のボトムアップの代表的な指導法は、フォニックスだと説明しました。それでは日本人の子どもたちにもフォニックスは必要でしょうか。答は、「はい」です。ただし、気をつけなくてはいけないことがあります。フォニックスはあくまでも英語の音の中で育ち、幼稚園に入る前からアルファベットを通して文字に親しんでいる英語圏の子どものためにできた教授法です。英語の音に対して意識があまり高くなく、文字認識もまだ低い子どもの学習者にとって、フォニックスは「意味がわからない」「難しい」ものになってしまう可能性があります。
前述したように、英語圏でのリタラシー指導でも、フォニックスを導入する前に、その土台である「アルファベットの文字に対する知識」と「英語の音素に対しての気づき(phonemic awareness)」を高めることが重要であることが指摘されています。日本の子どもたちへのボトムアップ指導としてもこれらの指導は大切です。
(1)アルファベットの知識
新学習指導要領の「読むこと」「書くこと」の目標に明記されているように、アルファベットの文字とその名称との関係を知り、理解し、書ける力を身につけることは大変重要です。英語圏での研究からも、リーディング能力を発達させるためには、文字とその名称に関する知識を十分に獲得することが必要であることが明らかになっています。
(2)フォネミックアウェアネス(音素認識能力)
今まで何回か言及しましたフォネミックアウェアネス(phonemic awareness: 音素認識能力)とは「話されている言葉の音(素)の仕組みに気づく力」です。例えば「pen」は/p/ /e/ /n/という3つの音素で構成されている単語で、最初の/p/を/t/に置き換えるとtenという違う単語ができ上がるなどが理解できるメタ言語力(言語の仕組みを客観的に理解できる力)です。
(3)フォニックス
ヨーロッパやアメリカでは様々な研究から、音韻認識能力がその後に発達する単語のスペル認識力やリーディング能力を予測するものであることが判明しました。しかし重要なことはフォネミックアウェアネスと同時にフォニックス、つまり文字と音との関係を明示的に、かつ体系的に教えることが重要だとされています。
(4)トップダウン的指導―音声言語の発達の重要性
先に英語圏での代表的なトップダウン指導としてホールランゲージを紹介しました。また書き言語の発達には音声言語が発達することが必要であることも述べました。日本人の幼児・児童を対象に考えると、音声言語をディスコースレベルで獲得していくことがひとつの大きな目標になります。つまりWhat’s this? It’s a pen.のような1回のやりとりだけで終わらせるのではなく、文脈の中で言葉を育て、言葉で文脈を作っていく、そんな学習方法が必要になってきます。教室内ではストーリーテリング、動作をしながら外国語を習得していくTPR (Total Physical Response)、読み聞かせなどを通して、意味のある文脈の中で英語(外国語)に触れる機会を増やしていくことが大切になります。
参考文献
- ※1
- Burstall, C., Jamieson. M., Cohen, S., and Hargreaves, M. (1974) Primary French in the Balance, Windsor: NFER Publishers.
- Muňoz, C. (2006). Age and the Rate of Foreign Language Learning, Clevedon: Multilingual Matters Ltd.
- ※2 Annamaria Pinter. (2006). Teaching Young Language Learners: Oxford University Press
- ※3
- National Reading Panel. (2000). Report of the National Reading Panel: Teaching children to read. Washington, DC: National Academy Press.
- The National Literancy Strategy: Framework for Teaching (1998). London: DFEE Standards and Effectiveness Unit.
- Adams, M. J. (1990). Beginning to Read: Thinking and Learning about Print. Cambridge, MA: The MIT Press.
- Cameron, L. (2003). ELT Journal 57/2, Oxford University Press
以上、「別冊『子ども英語ブッククラブ』」から、「子どもが英語を読むプロセス」をおとどけしました。
子どもが英語などの第二言語を身につける過程で、ボトムアップ・アプローチとトップダウン・アプローチを活用するためご参考にしてください。
執筆者プロフィール
青山学院大学文学部教授。教育学博士。 専門は第二言語習得と幼児・児童英語教育。 中学校英語教科書『NEW HORIZON Elementary』の編集委員であり、『小学校英語の文字指導―リタラシー指導の理論と実践』(東京書籍)、『幼児から成人まで一貫した英語教育のための枠組み-ECF-』(共著・リーベル出版)など子どもの英語教育について多数の著書がある。